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歌・曲紹介

『夜』の後ろに隠された言葉は...「未来になれなかったあの夜に」解説・解釈・考察 amazarashi

どうも! 体調を崩したり、ちょっと遠出していたりと
なんだかんだで記事の更新がとまっていましたが、
また再始動です。
バンバン頑張って更新していきますよー!

 


 


 

さてさて、今回は少し久しぶりに曲紹介記事です。

 

今回もamazarashiですが、ちょうどタイムリーに
amazarashiの新たなアルバム『ボイコット』が出ました。
これから聴いて聴いて聴き倒そうと思います。
また良い曲があったらご紹介します。お楽しみに!

 

今回、ご紹介する曲は、昨年のライブのタイトル
「未来になれなかった全ての夜に」の一部が
変わったものが曲のタイトルになっている

『未来になれなかったあの夜に』

というタイトルの曲です。
ライブタイトルでは「すべて」という言葉だったのが、『あの』
特定の「夜」を指す言葉に変わっています。

楽曲のyoutubeリンクを貼っておきます。


MV(ミュージックビデオ)には横浜流星さん、杉野遥亮さん、泉澤祐希さん、柄本時生さん出演しています。
しっかりと物語のあるMVになっていて、この歌を表すような素敵なものになっています。

amazarashi LIVE Blu-ray & DVD amazarashi LIVE TOUR 2019「未来になれなかった全ての夜に」特設サイト

また、特設ページには各出演者の方がコメントを寄せています。
そちらもなかなか興味深いので、ご覧ください。

 

そして、曲に関してですが、
僕が思うに「夜」の言葉の後に隠れている言葉があります。

それは「の僕」という言葉

と僕は考えます。

ですが、最後はまた違う言葉が入るかと思います。

それを踏まえた上で歌詞を順を追って見ていきましょう。

 


 


「色々あったな」の 色々の一つ一つを
つまびらかにしたくて ペンを取ったわけですが
もう君の好きにしてよ 僕も大概好きにしてきた
僕の事は忘れて 他に行きたい場所があるんなら

「ペンを取ったわけですが」とあります。文頭の「「色々あったな」」を文章にして書き起こそうとしているところの様です。なので、現在からすると過去の出来事を思い起こしているところなのでしょう。

「つまびらか」というのは、詳しく明らかなさま、という意味です。色々で1つにまとめてしまうのではなく、どんなことがあったかをまとめていくようです。ちなみに、「つまびらか」を漢字で書くと「詳らか」と書くようです。知りませんでした!笑

下の君と僕が出てくるところは、別れのシーンということを示しているのでしょうか。今までは一緒にいたけど、納得できる道をそれぞれ進もうということでしょうか。

 


 


 

名誉ある潔い撤退より 泥にまみれ無様な前進を
尻尾を振る称賛の歌より 革命の最中響く怒号を
あの日の情熱の火はいずこ 悔しさを並べたプレイリスト
そぞろリピート音楽と風景 後悔、浄化する過去の巡礼

上の2行の歌詞すごく好きです。前についている歌詞では、
名誉はありながら撤退、尻尾を振る賞賛と、どちらも負け惜しみのような行動です。
それに対し後ろは未熟さ・青さを認め、それを力に変えていこうとする
行動を望んでいる姿が愚直でカッコ良く感じます。
分かったふりをして、負け惜しみを言うんじゃなく、
カッコ悪くても抗っていくそんな反骨精神を持ち続けたい、
ということを歌いたいんじゃないでしょうか?

ですが、下の2行ではそのような気持ちが
消えていってしまっていることを歌っています。
それが「あの日の情熱の日はいずこ」で表れています。

自分でもそれが分かっているので、
当時にまとめたプレイリストを聞いて少しずつ、
その当時の気持ちや 風景を思い出していきます。


 


 

まさかお前、生き別れたはずの 青臭い夢か?恐れ知らずの
酒のつまみの思い出話と 成り下がるには眩しすぎたよ
なじられたなら怒ってもいいよ 一人で泣けば誰にもバレないよ
そんな夜達に「ほら見たろ?」って 無駄じゃなかったと抱きしめたいよ
未来になれなかった あの夜に

当時の自分を思い出し、当時の青臭い若者らしい夢を思い出しています。

「酒のつまみの思い出話と成り下がるには眩しすぎたよ」
ここもすごい好きです。自分で青臭いと直前では真摯に認めているのに、
他愛もないお酒の席での笑い話にするのははばかられるように感じてしまうほどに
自分にとってはその青臭い夢が大切で、大切で青臭いがゆえに
眩しく思えるというのが何とも切ないですよね。

そんな夢を話して、バカにされたり責められたら怒ってもいい、
泣いてもいい、君にとっては大事な夢なんだろう?と分かってくれている。

さあ、来ました「夜」が出てくる歌詞です!

そんな夜(の僕)達に

とすると、すんなりと聞けると思います。バカにされたり、責められたりしてもくじけず、
いたらきっといいことがある。だから、そこで耐えることは無駄なことじゃないんだと
伝えてあげたい、ということを歌っています。

 


 


 

前向きに生きることほど素晴らしいことはない
でも「前向きに生きて」じゃ 頷けない誰かさんの為
夢追い人とは ともすれば社会の孤児だ
手段は選ばない いや、選べなかったんだ

前向きに生きることが素晴らしいこと、それは誰しもが分かっていること、
だけど分かっているけれどそれを他人に求められても納得できない時もあります。
というか、そんな心のありようの部分って人に何かを言われたって変えられるのは
自分だけじゃないでしょうか。そりゃ納得できなくて当然かなあと思います。笑

「夢追い人とは ともすれば社会の孤児だ」
そうかもしれません。夢を追うには社会というのは足枷になることの方が
多いのではないでしょうか?周りからの一方的な評価、根拠のない一般論、
など夢を追う人には厳しい向かい風が吹くことの方が多いでしょう。
頼る相手もわからない、単身で立ち向かわねばならない、そういった意味では
孤児という言葉がふさわしいのかもしれません。


 


 

恨み辛みや妬み嫉みの グラフキューブで心根を塗った
それでも尚塗りつぶせなかった 余白の部分が己と知った
今更弱さ武器にはしないよ それが僕らがやってきたことの
正しさの証明と知っている 今この僕があの日の答えだ

グラフキューブは直方体の色を塗る画材のようです。

(こちらですね)

「余白の部分が己と知った」とあるので、
メインになる部分は恨み・辛み・妬み・嫉みと良くない感情が
たくさんあったことがわかります。

ですが、大半を占める良くない感情を振りかざすのではなく
残った小さな自分を表現していくことが必要なことなんだと
自分を奮い立たせるつもりで言っているのではないでしょうか。


 


 

見える人にだけ見える光だ 陰こそ唯一光の理解者
旅立ちと言えば聞こえはいいが 全部投げ出して逃げ出したんだ
孤独な夜の断崖に立って 飛び降りる理由あと一つだけ
そんな夜達に「くそくらえ」って ただ誰かに叫んで欲しかった
未来になれなかった あの夜に

「見える人にだけ見える光だ」自分より暗いところにいる人にだけ分かる
わずかな明かりなのでしょう。
その後の「影こそ唯一光の理解者」も影にいるからこそ光があることが分かる。
光があるから影は生まれる、片方がいないと片方は成り立たない。お互い必要な関係。

「旅立ちと言えば聞こえはいいが 全部投げ出して逃げ出したんだ」
新天地へ行って再出発をしようとしたのでしょうか。
ていのいい言葉を使っている、というのを自分でも理解しているようです。

「孤独な夜の断崖に立って 飛び降りる理由あと一つだけ」
ここは比喩的な表現をしているのかなと思います。何もかもを投げ出す寸前まできている、
それが後1つ何か理由があれば、投げ出してしまう。
他人からの嘲笑か、自分で諦めるための口実か、何かが見つかってしまったら諦められる。
そんな揺れ動く感情が表現されていると感じます。

そして、ここでも「夜」という言葉が出てきます。
そんな追い詰められてる夜を迎えている僕達に「くそくらえ」って逆境を
跳ね飛ばすような言葉を誰でもない僕が言ってやると歌っています。

 


 


 

取り立てる程不幸ではないが 涙は路銀程に支払った
僕の過去の轍を見る人よ ここで会うのは偶然じゃないさ
夢も理想も愛する人も 信じることも諦めたけど
ただ一つだけ言えること僕は 僕に問うこと諦めなかった

「涙は路銀程に支払った」
「取り立てる程不幸ではない」とは言うものの、路銀ほども涙を流した。
路銀は旅に必要なお金のことを指します。つまり必要経費ですね。
ここは直喩であり、暗喩であるのかなと思います。
必要経費だから否応なく払わされる涙であり、
人生という旅の中で流してきた涙と2つの意味を持っているのではないでしょうか。

「過去の轍を見る人」
最初に書いていたこの記録を見る人のことを言っているのか、
はたまた振り返っている自分を指しているのか、
両方かもしれませんが、僕はどちらかというと後者の自分を
指しているのではないかと思います。

「僕は僕に問うこと諦めなかった」
いろんなものを諦めてしまったけれど、
自分のことを自分で決める
ということをやり抜いたということではないでしょうか。
いろんなものを諦める際に本当にそれでいいのか、
諦められるものなのか、自分の決定なのか、
そんなことをひたすら自問自答していたのではないでしょうか。

誰かのせいにして、物事を決めるのは簡単です。
それがうまくいかなったらその人のせいにすればいいんですから。
ですが、自分で決定するということは自分が責任を負うということです。
自分が納得できる生き方をひたすらに問うてきた、そして自分で決定してきた、
それが自分の誇れるものだと言っているのだと思います。


 


 

醜い君が罵られたなら 醜いままで恨みを晴らして
足りない君が馬鹿にされたなら 足りないままで幸福になって
孤独な奴らが夜の淵で もがき苦しみ明日も諦めて
そんな夜達に「ざまあみろ」って 今こそ僕が歌ってやるんだ

未来になれなかった あの夜に
ざまあみろ

「足りない君が馬鹿にされたなら 足りないままで幸福になって」
「醜い君が罵られたなら 醜いままで恨みを晴らして」
ここの歌詞はamazarashiの以前の
楽曲「ジュブナイル」に近い部分があるなと感じます。

「ジュブナイル」には

「君が君を嫌いな理由を 背負った君のまま 成し遂げなくちゃ駄目だ」

という歌詞があります。
自分らしい自分のまま突き進んでいってというメッセージがどちらにもありますね。

最後は聞きなれない「奴ら」という言葉が出てきます。
ここからの人物は自分ではないようです。むしろ人ではない気がしてきます。

自分の中にある不安や嫉妬などのマイナスの感情などのことを
指しているのではないでしょうか。
そんなマイナス要素が自分の中に巣食うのを諦めていく、
そんな希望のあるシーンが描かれていると僕は思います。

そうなってくると、最後の夜の後についてくる言葉は変わってきます。
僕は思うに直前の「奴ら」が入ってくるんだと思います。
もっと言い換えると、自分をこれまで苦しめてきたマイナスの感情や状況たちを
指しているんだと思います。

そして、そんな夜に「ざまあみろ」と「歌ってやるんだ」と言っています。

よくもこれまで自分を苦しめてくれたなあ、
でも自分はそれに屈しなかったぞ、どうだ参ったか
ざまあみろ!
という気持ちでの「ざまあみろ」ではないでしょうか。
「ざまあみろ」という荒っぽい言葉ですが、
「歌ってやるんだ」という歌詞からそんな感情や状況に対しても
どこか親しみというか、愛着というか、
自分のすぐ近くにいたから愛憎の混じった複雑な感情があるのではないでしょうか。
でも、それすらも受け入れて自分を認めていこう、
自分の糧にしようという考えが見えるようで、
とても温かい気持ちで歌の終わりを迎える事ができます。

 


たくさんの「夜」を越えて今に辿り着いた。
越えられるとは思っていなかった、たくさんの壁や障害にぶち当たった。
それでも自分と向き合い、困難に向き合い、生きてきた。

そんな今までの旅路を歌っているので、最後の場面は始まりの場面になると思います。

何かにつまずいて道に迷ったそんなあなたを支えてくれる歌になってくれる。
そんな優しさ・力強さを秘めた歌です。
良ければ一度ご視聴していただけたら幸いです。

 


という事で、今回はここまでで!また次回!

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