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歌・曲紹介

憂鬱な曜日、だけど必要な曜日 amazarashi『月曜日』歌詞・考察・解説

こんばんは、2020年になって1月もおよそ半分を過ぎ、
令和2年というのも板になじんできた頃かなあ?と思います。
今年1年も頑張って楽しんでいきたいものです。

さて今回は、久々?曲紹介になります。


また、amazarashiの曲で『月曜日』というタイトルのものです。

皆さん、月曜日は好きですか?僕は基本的には、月曜日は嫌いです。笑
ただ、現状の仕事では仕事始めが月曜日という訳ではないので、
月曜日が嫌いという訳ではないですが、
仕事始めの日は月曜日という印象がありますね。笑

と、僕の意見は置いておいて、曲や歌詞のリンクを貼っておきます。
興味を持たれたら、ぜひご覧になっていただけると嬉しいです。

https://www.uta-net.com/movie/245491/

この曲は、「月曜日の友達」という漫画の主題歌として書き下ろされたものになります。

漫画を簡単に説明をすると、大人びていく周りからの友達とは違い、
幼さが残っているため少し周りと距離を感じている女子中学生の主人公(水谷)と
これまた少し異質な個性を持っている男子中学生(月野)が
月曜日の夜にだけ学校の校庭で秘密で会う約束をします。その2人の心の交流を描いた作品です。
こちらも良ければ要チェックです!笑
(この記事を書くために、途中で止まっていた漫画を改めて読んだら泣いてしまいそうになりました。
  ぜひ、読むことをお勧めします!!!)

https://yawaspi.com/tomodachi/
こちらで試し読みができるかと思います!ぜひ試し読みください!

と、熱が高まってしまいましたが、前知識を入れたところで、
それでは歌詞の解説・考察に入っていきます。笑
(多少、漫画のネタバレが入るかと思うのでご注意ください。)

体育倉庫のカビたウレタンの匂い
コートラインは僕らを
明確に区分する

 

中学校が舞台という事なので、体育の時間の話でしょうかね。
僕のイメージでは、ドッジボールをしているところが浮かびました。
(中学生でドッジボールの授業はあまりしないかもしれませんが笑)
ドッジボールを例に取ると、内野と外野をコートラインで分けます。
避ける受ける投げると華々しい場面が多い内野に対し、
外野は内野からボールが飛んでこない分には何もする事がない受動的な姿勢なので、
随分内野とは状態が変わってきます。
ドッジボールだけではなく、そもそもスタメンかベンチメンバーかでも、大きく区分されますよね。
試合を動かすプレイヤーか、ひたすら待機する人物か、と。
それを人にも当て嵌められているかのように感じている事を歌っているように思います。
自分は外野で、周りは内野、違いは空間的なものだけではなく、
精神的なところにまである事を暗喩しているのでしょう。

 

支柱に縛られた街路樹 まるで見せしめの磔
好きに枝を伸ばしたいのに 同じ制服窮屈そうに
右向け右で左見て 前ならえで列に背を向け
救いなのだその幼さが 君だけは大人にならないで

 

色々なものが、周りに制御されているように見えている描写が上の方には描かれています。
街路樹は実際にあるものでありながら、この歌においては、街路樹=中学生の側面も持っています。
支柱に縛られたというのは、おそらく「大人から考えられた望ましいルール」という言葉に置き換えられるでしょう。
枝というのは、その人自身が持っている「個性」に。
「制服」という言葉を使う事で、これが人にも当て嵌まるよ、
という事を教えてくれています。

下の2行は、そんな「ルール」に習おうとしない、自分を失おうとしない、ある意味では幼いそんな存在が変わって欲しくないと歌っています。

 

月曜日、蹴飛ばしたら
ゴミ箱にも嫌われて 転がって潮風に錆びた
息苦しいのは ここが生きる場所ではないから
僕ら地球外生命かもね

 

漫画では、学校が始まる月曜日は憂鬱で嫌いと言っています。これは僕も同意見です。笑
いらないものを捨てるはずのゴミ箱にすら、入るのを嫌がられたと
嫌われ者の極地になってしまった「月曜日」。少し可哀想な気もします。笑

下の2行は、実情をユーモアも交えて、表現している素敵な表現だと思います。
周りの大人“びて”いく友達に合わせるのが息苦しい、
そんな僕らは違う生き物もはや地球で生きるべきものではないのかもしれないと、
若干自虐強めのユーモアを披露しているのが、なんとも「変わりもの」らしい表現なのかなと思います。笑

 

好きなこと好きって言うの こんなに難しかったっけ
それならば僕は息を止めて潜るよ
君の胸の内の深さには 遠く遠く及ばないとしても

好きなものを好きって言えない。周りからの評価が気になってしまって言えない、
というのは大人になったら、当たり前かもしれませんが、少し寂しい事かなと思います。

その次の文章は、「潜る」と表現しています。ここの解釈には、あまり自信がないのですが、
その後の「君の胸の内」と、表現があるので、
自分の胸の内に「潜」っていくという事なのかなあ、と思います。
外に放出することはできないけど、自分の中で大切にしていくということなんでしょうかね。

 

明日の話はとにかく嫌い 将来の話はもっと嫌い
「儚いから綺麗」とか言った 花火が永遠ならよかった
見えてるものを見えない振り 知ってることを知らない振り
いつの間にそんなに大人びて笑うようになったのさ

 

ここでの最初の歌詞は、「先の事はわからない」から、が大きなウェイトを閉めているのかもしれません。
もしくは、先の話というのは、何かを始めなければいけない話、何かが終わったときの話と、
楽しくない事を話し合わなければいけないという事がわかっているのかもしれなくて、
それを嫌がっているのかなあと思います。
その後の、「花火が永遠ならよかった」というのは綺麗なものをひたすら見ていたい、という意味でなのか、
儚くないものも綺麗であって欲しいから、
「儚くないものも綺麗」=「すべてのものが綺麗」という願いが基になっているのかなあとも思います。

次の歌詞では、本来の姿から目を逸らしている表現がなされています。
漫画の中身でいうなら、「超能力を身に付けたいこと」や「空を飛びたい」ということなどが
それぞれ対応している内容のことでしょうかね。
「大人びて笑う」の表現は主人公たちの様子を描くというよりかは、
周囲の友人たちの様子を歌っているのかなあと思います。
もしくは、月野から見た水谷にそうした瞬間があったのかもしれません。

 

月曜日、蹴飛ばしたら
川の水面で水切り 満月を真っ二つ切り裂いた
胸が苦しいのは 互いに思うことが伝わるから
僕ら超能力者かもね

 

上の2行は、月曜日が満月を切り裂いてしまう、という表現。どこか荒々しい描写が受け取れます。
綺麗なものや壊れやすいものを壊してしまう事の表現でしょうか。
主人公たちの関係性を表現しているのかもしれません。(綺麗だけど壊れやすいもの?)

互いが互いを理解していることが伝わり嬉しくもあり、苦しくもある。嬉しいのは、理解している、されている喜び。
苦しいのは、それに対し、自分は充分に相手が思っている苦悩を解消できないことや、
自分がもらっている以上に”何か”を相手に与えれているのか、と苦悩するところですね。
ですが、暗くなりすぎないように、理解し合えているのは、自分たちが超能力者だからかも、と冗談を言っています。
物語に重要な要素の「超能力」。それをうまく取り入れているニクい演出の歌詞ですね。笑

 

嫌なこと嫌って言うの そんなに自分勝手かな
それならば僕は息を止めて潜るよ
君の胸の内の深さには 遠く遠く及ばないとしても

 

嫌なことを嫌って言うのも、年を重ねるほどに難しくなっていきます。笑
(言うほど自分が歳を取っているともあまり思いませんが←)
でも、そんな波風が立つことばかりかな?と一石投じているようで、
「前半の好きなこと好きって言う」のと対応して、すごく刺さる言葉だなあと思います。
個人の好き嫌いというのは、本来自由であって良いものだと僕も思います。

人間だから好き嫌いが生まれてしまうのは、
仕方がないことでしょう。笑

 

普通にも当たり前にもなれなかった僕らは
せめて特別な人間になりたかった
特別な人間にもなれなかった僕らは
せめて認め合う人間が必要だった

 

ここでは悲痛なまでに現実に改めて向き合って、分析的に見ています。
周囲に合わすこともできず、周囲のように当たり前のような変化に
適応していくこともできない主人公たち。
ここで出てくる特別な人間というのは、先ほども少し上げましたが、
「超能力」が使える人間、「空を飛ぶ」ことのできる人間、といった具合でしょうかね。

最後の歌詞のアンサーが次の歌詞に出てきます。

 

それが君で おそらく僕で
ゴミ箱にだって あぶれた僕らで
僕にとって君は とっくの昔に
特別になってしまったんだよ

 

それぞれに自分を認め、自分が認める唯一の存在になっていた。
特別な人間になることはできなかったけど、

特別な存在になれた

のです。

たくさんのありふれた存在ではなく、互いにとってかけがえのない存在になれた、
それがこの2人にとっては互いに救いにつながるのではないでしょうか。

 

月曜日、蹴飛ばしたら 大気圏で焼け落ちて
僕の胸に空いたクレーター
確かに似た者同士だったけれど
僕ら同じ人間ではないもんな

 

最初の2行は、漫画の大きな山場を表現しているのかと思います。
ある出来事がきっかけで月曜日の約束は無くなってしまいます。
そうして、約束の月曜日が無くなってしまった2人の胸には空虚感が訪れます。
「空虚感」が本来あったものが削れてなくなってしまったもの、ということでクレーターなのでしょうね。

そこで冷静に振り返っているのが、のちの2行ですね。

 

一番怖いのはさよなら それなら約束しよう
永遠に別れはないと
永遠なんてないと知って誓ったそれが
愛や友情には 遠く及ばないとしても

 

ですが、2人は関係を取り戻します。そうしてからの気持ちが
この最後の歌詞にふんだんに込められています。
僕はここを聞くたびに、鳥肌が立つというか、目頭にこみ上げるものがあるというか、
素敵な表現に感動してしまいます。

永遠なんてない、それを知った上で「永遠に別れはない」と誓う。
終わりがあることを知っている、だけどそれが来ないことをひたむきに願う、
そんな気持ちがこの歌詞には溢れ出ているようで、
その健気な姿がなんとも愛おしく感じるのです。

何より最後の

愛や友情には 遠く及ばないとしても

ここの表現がたまらなく好きです。
一般的に、尊い、大事だとされる「愛」や「友情」には遠く及ばないものだとしても、
この2人にはそれこそがかけがえのないものだということを表現している、
また一般的に尊い、大事だとされるものばかりが万人に
当てはまる大切なことではないと言っている気がして、
たくさんの視点があることを教えてくれているように思うからです。


という訳で、今回は『月曜日』のご紹介でした。
人によって、いろんな正解の形があること、
幼さ・純粋さと大人びていくこと・純粋ではいられなくなること、
その間でせめぎ合っていることの儚さや健気さ、一途なさまが
わずかな時間の中に凝縮されている素晴らしい歌になっています。

皆さんもお時間がある時に、ぜひ一度
ご視聴いただければと再度思います。
原作の漫画もぜひぜひぜひに
ご一読くださいませませ!

それでは今回はこの辺で、また次回!

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