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歌・曲紹介

これも一つの生き方 amazarashi「逃避行」 歌詞・考察・解説

こんばんは、10月もそろそろ終わりを迎えようとしています。今年も残すところ後2ヶ月穏やかに過ごしていきたいところですね。僕は時々不穏になっています。笑


さてさて、今日はまた曲紹介・解説です。

前回の曲紹介に引き続き、amazarashiの曲のご紹介です。

今回の曲はamazarashiの「逃避行」という曲です。


詳細な歌詞は以下のリンクからご確認ください。

https://www.uta-net.com/song/122100/

それでは早速曲のご紹介に入っていきます。

最初の歌詞の部分は、
落ちていたガムを踏んでしまい、そこで何もかも嫌になってしまう。
という一見他愛のないことのように見えることが原因で、この歌の登場人物(以下、主人公とします)は、全てを止めようと決めます。ガムを踏んづけてしまったこと、これはたまたまの最後の要因になってしまったことだと思います。何もかもをやめようと思ったのは、それまでにいくつもの納得いかないこと、不条理な目にあってきたこと、などが積み重なり、その最後に訪れた不条理がたまたま「ガムを踏んづけ」てしまったことだっただけなのでしょう。そんな他愛のないことで、我慢が効かなくなってしまうほどに、積もり積もったものが大きかったのではないかなと思います。

そもそも前から気に食わなかった イライラすんのは割りに合わない 
辛酸舐める日々の逆境 夢が重荷になってりゃ世話ねえ

「前から」というところで、上に挙げた積もり積もったものというのがよく分かります。いくつも経験してきたのでしょう。不条理や納得がいかないこと、例えば自分は悪くないのに他人から責められる、自分にばかり仕事が押し付けられる、盗難や詐欺に遭う、犯罪に巻き込まれるなどいろんな不条理・納得できないことがあります。そういうことって自分で、どうにかできないものもたくさんあります。降りかかってきてしまうものだと思うので。それに対して、腹を立てるっていうのは、本当自分の疲れが増すだけ、感情が落ち着かなくなるだけ、で全く自分にとってメリットがないですよね。そりゃ、割りに合うはずもありません。そんなたくさんの嫌なことを日々経験して、こんなはずじゃなかったと焦燥感ばかりが焚き付けられて「夢が重荷に」なってしまっているとはなんとも悲しい状態です。

磨り減ったスニーカーじゃ 雨の日はうまく走れない
磨り減った魂じゃ 辛い時うまく笑えない

この2つを同時に並べているのは、ちょっと面白いなと思います。上のスニーカーはおそらく、この後に出てくる「逃避」をうまくできないよ、ということを歌っているのかなー?と思います。スニーカーに滑り止めのソールがついている靴でも、磨り減ってしまっていたらうまく走れない。
「磨り減った魂」というのは、余裕がない状態の精神状態だろうなと思います。そんな時にはうまく笑えないのは、言わなくてもわかると思います。笑
そういう時って自分でも分かって、変にすごく冷静な気持ちで自分を客観視できているような気がして、そんな冷めて目で見ている自分が嫌に思う時もあります。皆さんはどうでしょうか?そんな時ってありますか?
ここの「辛い時うまく笑えない」と歌うのが力強くて好きです。

たまらずに人混みを走った 今思えばあれが始まりだ
押しつぶされた僕の逃避行 上手く行かなけりゃ死んでやるぜ
「死に損なった」って言うより 「生き損なった」ってのが正しい
そんな僕らの長い旅は たった今始まったばかりだ

人混みを走ったこの描写は、最初のガムを踏んづけてからのところでしょうかね。「押しつぶされた僕」というのは、上記のたくさんの不平不満を身に浴びた主人公のことですね。その後の表現がまた面白いんです!
「『死に損なった』って言うより 『生き損なった』ってのが正しい」
単純に短絡的に歌おうとするなら、「うまく生きれない主人公は死ぬべきだったのに、死ななかった=死に損ない」というふうに歌うのがあるのかなーと思うのですが、ここでの表現は『生き損なった』なんです。
僕が思うにこの意味は、周りの上手に生きている人達(そう見えているだけかもしれません)とは違い、上手に生きていくことが出来ない主人公は(上手に)生きることを損なっている状態なのだと言っているんだと思います。死ぬ必要はないが、上手に生きれないヘタクソな生き方をしているというのを自分でよく自覚をしていて、正しい表現をしようとしているのがよく分かります。


僕が思うここで言っている「上手な生き方」は、納得できないことにも自分の気持ちに折り合いをつけてなんとか納得していったり、自分の気持ちに嘘をついて納得しようとしたりしながら生きていく方法でしょうかね。少なからずは必要だとは思いますが、そればかりしてしまうとそれこそ「磨り減った魂」になってしまうと思うので、自分をしっかり持つところも持ちたいものです。

次の歌詞では、自分の思うままに進み始めましたが、そうした時にも苦難はあるものだということを言っています。ただ、その苦難も自分が納得できるもの、そして自分自身を信じて進もうと決心をしていますね。

振り切った臆病が 馬脚現せと狙ってる
乗り切った困難は 姿を変えて襲い掛かる

「馬脚現せ」というのは、「馬脚を現す」という言葉で、僕も知らなかったのですが、

芝居で馬の脚を演じる役者のことである。 馬の脚役を演じる役者が芝居中にうっかり姿を現すことから、隠しておいたことが明らかになることを言うようになった。 隠しておいたことが表に出てしまったことをいう言葉なので、悪事が明らかになるといった悪い意味で用いられる。

http://gogen-allguide.com/ha/bakyaku.html

と、辞書にはあります。「馬脚を現す」という言葉的に、本来見えてはいけないものが見えてしまうさま、なのでここでは振り切って無くしたはずの臆病が、また出てこようとしている、ということを怖れている描写かなと思います。困難もいろんな多彩なものが現れると言っています。本当にいろんな言葉を知っているんだなあと感心してしまいます。

銃弾の雨を掻い潜った これが僕の選んだ戦場
夢や時給や社会体の 奴隷になってる暇はないぜ
「生きながらえた」って言うより 「生かされてる」ってのが正しい
そんな僕らの長い旅は 決して孤独なんかじゃなかった

銃弾の雨というのはたくさんの困難や苦難なのでしょう。 
ここでも言葉の表現の修正をしています。「生かされてる」という表現にしているのは、自分一人で生きるだけの力はないけど、周りの支えや環境的な要因などによって生きていることが出来ているというところからたまたま生きられている、という認識をしているのはないでしょうか?だから、「生きながらえた」ではなく、「生かされてる」という表現になったのではないでしょうか。
そして、後ろに続く「孤独じゃなかった」という表現も、周りの支えや同じような状態の仲間がいたりしているということを分かり始めたことの現れではないでしょうかね。

僕らを走らせるなら きっとなんだっていい
恩義でも逃避でも 世間体でも逆恨みでも
問題は僕らがどこまで行けるかって事
僕らがいつまで戦い続けるかという事

「僕らを走らせる」ここはきっと生きようと活力を持つということを言っているのではないかと思います。その理由が「恩義」や「逃避」、「世間体」や「逆恨み」でも何であれ、自分が生きていくための指標をそれぞれが持つことが大事だと言っているのだと思います。それが前向きな指標ばかりではなく、マイナスの面を持ったものでも良いんじゃないか、どんなものであれ自分達がどれだけ力を注いで生きられるかが問題なんだ、そういうことを歌いたいんじゃないでしょうかね。

そもそも前から気に食わなかった きっかけなら何でも良かった
あのへばり付いたガム踏んでやろう そいつのせいにしてやろう
僕の場合は逃げ出したいから なのに今も戦っているよ
それでいいだろう

何かにあたらないとやってられなかったのでしょう。この主人公は当たったところで傷つかない「ガム」を無意識的に選んだのではないでしょうか。もしくは、そんな他愛のないことでタガが外れてしまう自分をそのガムに見立てて滑稽さを表現しようとしていたのかもしれません。
そして、逃げるために走っているのですが、今も戦っている、これは後の歌詞に答えが見えてきます。

たまらずに人混みを走った あの日のスピードで行きたいな
掴み取るその理想の重さ 僕らの悔し涙と等価
死に場所を探す逃避行が その実生きる場所に変わった
そんな僕らの長い旅の 先はまだまだ遠いみたいだ

1行目の歌詞は、たまらずに駆け出したあの時のようにがむしゃらに生きていきたい、という気持ちの現れではないでしょうかね。
2行目は理想とそれが叶わなかった時の悔し涙の価値は同じだよ、ということを言っているのではないでしょうか。叶わなかったから価値がない、ということではなく、それまでに努力してきた結晶が理想の実現という形で現れるのか、はたまた努力が実らず諦めた時に零れる涙として現れるのか、の違いで等しい価値なんじゃないか、と言いたいのではないでしょうか。

そして、僕がこの曲の中で1番好きな歌詞が3行目の

「死に場所を探す逃避行が 
 その実生きる場所に変わった」

というところです。題名の回収というところでも良いなーと思うところですし、これまでに逃避をしてきた主人公がその行動を再認識し、これも一つの自分の生きる場所なんだ、というように前向きに捉えられているところに喜びを感じます。死に場所を探す逃避行が生きる場所に変わる、真逆の状態になっているのが滑稽ですよね。でも、滑稽でも微笑ましいというか心温まるおかしさだと思います。

そして、最後に「僕らの旅の 先はまだまだ遠いみたいだ」と終わります。まだまだ生きていくという気持ちが生まれたんですね。「みたいだ」という表現なのは、他人事のように言っているのか、それともこんなヘタクソな生き方だけれどもまだまだ生きれてしまうみたいだよ、と少し自嘲気味に言っているようにも受け取れます。このひねくれさが僕はまた大好きなんですよねー。笑


はい!ということで、長々と解説しましたが、どうだったでしょうか?自分が苦しい状況にいる時こそ、刺さる歌だと思います。アップテンポでノリも良く、つい歌いたくなる曲なので、良ければ是非お聞きください。
改めて、解説しようとすると文章の描写がとても映像的だなあと思いました。これのPVとか作ってみたいなあ、なんて思ったり。笑

それでは今回はこの辺で!また次回!

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